「5 kmのタイムから計算すると、サブ4は余裕で達成できるはず……」そう思ってレースに挑み、30 km過ぎで足が止まってしまった経験はありませんか?
実は、世の中に溢れる多くの「マラソン予想タイム計算機」には、ある重大な落とし穴があります。それは、計算の前提となっている「持久係数」がエリートランナー基準になっていることです。
スピードはあるけれど距離走が不足しがちな市民ランナーが、エリートと同じ計算式を使えば、目標タイムが「速すぎる」のは当然です。これでは、レース前半で貯金を使い果たし、後半に撃沈してしまいます。
そこで今回、マラソペディア編集部では、あなたの「スタミナレベル(持久係数)」に合わせて補正ができる、市民ランナー専用の予想タイム計算機を開発しました。
- スピード型
- 短い距離は速いが、長い距離に不安がある
- スタミナ型
- スピードはないが、粘り強く走れる
- 練習不足
- 最近あまり距離を踏めていない
どんなタイプの方でも、今の実力に見合った「現実的なレースペース」がひと目でわかります。 さあ、机上の空論ではない、あなたが「本当に走り切れるペース」を計算してみましょう。
【ツール】マラソン予想タイム計算機(市民ランナー補正版)
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走った距離とタイムを入力すると即時に計算されます。
狙いたい距離とスタミナレベルを調整してください。
Estimated Time
–:–:–
自動で計算されます
なぜ従来の「予想タイム計算機」は当たらないのか?

「ネットで計算した予想タイム通りに走ろうとしたら、30 kmで撃沈した……」
そんな経験はありませんか? 実は、世の中にある多くのマラソン予想ツールやランニングウォッチの予測機能には、ある「隠れた前提」が存在します。それが、あなたの予測タイムと現実の記録に大きなズレを生む原因となっているのです。
多くのツールが採用する「リーゲルの公式」とは
マラソンのタイム予測において、世界中で最も広く使われているのが、1977年にピーター・リーゲル(Peter Riegel)が提唱した以下の公式です。
$T2 = T1 \times (D2 / D1)^{1.06}$
数式だと難しく見えますが、シンプルに言うと「走る距離が2倍になると、タイムは単なる2倍ではなく、少し($1.06$乗分)遅くなる」という法則です。
この公式自体は非常に優秀で、多くのランナーの記録を統計的に説明できるものです。しかし、問題はこの数式の中にある「$1.06$」という数字(持久係数)にあります。
「係数1.06」はエリートランナーの数字
この「$1.06$」という係数は、実は「十分なトレーニングを積んだ競技者レベルのランナー」の平均値から導き出されたものです。
月間数百キロを走り込み、スピードだけでなく強靭なスタミナ(脚の耐久性)を持っているエリートランナーであれば、距離が伸びてもペースの落ち幅は最小限($1.06$)で済みます。 そして、多くの一般的な予想ツールは、この「エリート基準の数値」をデフォルト設定として採用しています。
ここに、「計算上はサブ4できるはずなのに、実際には脚が持たない」という悲劇の根本原因があります。
市民ランナーの現実は「1.15」
では、一般的な市民ランナーの実態はどうでしょうか?
統計的なデータを見ると、月間走行距離が100〜200 km程度の市民ランナーの場合、この持久係数は「$1.06$」ではなく、「$1.15$ 〜 $1.20$」程度になる傾向があります。
係数がわずか「$0.1$」違うだけで、予測タイムには劇的な差が生まれます。
例えば、5 kmを25分で走れるランナーの場合:
- 係数 1.06(エリート)
- フルマラソン予想 3時間58分(サブ4達成)
- 係数 1.15(市民ランナー)
- フルマラソン予想 4時間45分
なんと、同じスピード能力を持っていても、スタミナの差(係数の差)で45分以上もタイムが変わってしまうのです。 計算機が弾き出した「3時間58分」を信じてキロ5分40秒で走り出せば、後半に大失速するのは火を見るより明らかです。
そこで当メディアでは、この「持久係数」をあなたの練習量に合わせて調整できる、市民ランナー専用の予想タイム計算機を作成しました。
この計算機の「持久係数」の選び方ガイド

計算機にある「持久係数」のスライダー。これをどこに設定するかで、予想タイムは大きく変わります。 見栄を張らず、現在の自分の練習状況に最も近い数値を選ぶことが、レース本番での失敗を防ぐ鍵となります。
以下の基準を参考に、あなたのレベルに合わせて係数を調整してみてください。
【1.06 〜 1.08】 エリート・サブ3レベル
「スピードもスタミナも十分にある」
- 対象
- フルマラソン2時間台(サブ3)〜3時間15分以内を目指す上級者。
- 練習状況
- 月間走行距離が300 kmを超えており、30 km走やLSDなどの距離走も余裕を持ってこなせている場合。
- 特徴
- 距離が伸びてもペースの落ち込みが最小限に抑えられる「脚」が出来上がっています。
【1.09 〜 1.14】 中級者・バランス型
「練習は順調。サブ3.5〜サブ4を狙う」
- 対象
- サブ3.5〜サブ4達成を現実的な目標としているランナー。
- 練習状況
- スピード練習とスタミナ練習をバランスよく行えている人。月間走行距離は150〜250 km程度。
- 特徴
- 多くのシリアスな市民ランナーがこのゾーンに入ります。ハーフマラソンのタイムから、ある程度信頼性の高い予測が可能です。
【1.15 〜 1.19】 一般的な市民ランナー
「スピードはあるが、30 km以降が不安」
- 対象
- サブ4〜サブ4.5を目指す層。
- 練習状況
- 平日は忙しく、週末中心の練習になっている人。月間走行距離は100〜150 km程度。
- 特徴
- 5 kmや10 kmは速く走れても、フルマラソンとなると後半に大失速してしまうタイプ(スピード型)は、ここに合わせておくと安全です。多くの計算サイトで「速すぎるタイム」が出てしまう人は、この係数が適正値であることが多いです。
【1.20 〜 1.25】 初心者・距離不安型
「まずは完走、あわよくばサブ5」
- 対象
- 初フルマラソン、または直近の練習不足が明らかな人。
- 練習状況
- 月間走行距離が100 km未満、あるいは長い距離を走る練習がほとんどできていない場合。
- 特徴
- 無理にタイムを追うよりも、「歩かずに完走する」ことを最優先にすべき段階です。この係数で出たゆったりとしたペースを守ることで、後半の地獄(脚の激痛や歩き)を回避できる確率が高まります。
計算結果(現実的な目標)の活用法
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スライダーを調整して計算ボタンを押した時、表示された「現実的な目標タイム」を見てどう感じましたか?
「えっ、こんなに遅いの?」
「今のベストタイムより遅くなっちゃう……」
そうショックを受けたかもしれません。しかし、どうか落ち込まないでください。 この数字は、あなたの能力を否定するものではなく、あなたがマラソンを「笑顔で走り切る」ための、最も安全で賢いペースなのです。
「理想」と「現実」の差を受け入れる
画面の下部に赤字で表示されている「一般計算機との差」を見てください。例えば「30分遅い」と出ているなら、それはあなたがこれまで「30分早くゴールできるペースで突っ込み、30分以上の大失速をしていた」可能性を示唆しています。
この「差」は、単なる遅れではありません。 レース後半、30 kmの壁にぶつかった時にあなたを助けてくれる「命綱(スタミナの余裕)」そのものです。この余裕を最初から確保しておくことが、後半失速を防ぐ唯一の方法なのです。
前半は「補正後のペース」を厳守する
レース当日の朝、スタートの号砲が鳴ると、周りのランナーが一斉に飛び出していきます。アドレナリンが出て体も軽く、「もっと速く走れる!」と錯覚するでしょう。
しかし、ここで「従来の速い計算タイム(願望)」で突っ込むことは絶対に避けてください。
- 我慢の時
- 「遅すぎるかな?」と思うくらいのペース(補正後のペース)を、まずは30 kmまで淡々と守り抜きます。
- 心の余裕
- 周りに抜かれても「自分は後半のために脚を溜めているんだ」とニヤリと笑って見送るくらいの余裕を持ってください。
30 km以降の「ネガティブスプリット」
もし30 km地点を過ぎて、「あれ? まだ脚が残っているぞ」と感じたら、そこからが本当の勝負です。
ここからペースをゆっくりと上げて、従来の計算タイム(理想)に近づけていけば良いのです。これを「ネガティブスプリット(後半の方が速いペース配分)」と呼びます。
- 前半突っ込んで後半失速
- 地獄の苦しみと自己嫌悪
- 前半抑えて後半ごぼう抜き
- 最高の爽快感と達成感
どちらもゴールタイムが同じだとしても、レースの質(楽しさ)は天と地ほど違います。 まずは計算機が示した「現実的なペース」で入り、30 km以降の自分に「最高のバトン」を渡してあげましょう。
持久係数を「1.06」に近づけるためのトレーニング

計算機を使って「自分の持久係数が1.15や1.20だった」という方も、がっかりする必要はありません。それはあなたの「伸びしろ」です。 5 kmのタイム(スピード)を上げなくても、この係数を「1.06」に近づける(スタミナをつける)だけで、フルマラソンのタイムは劇的に短縮できます。
係数を下げる=スタミナをつける
「計算上のタイムを速くしたい!」と思った時、多くのランナーはインターバル走などのスピード練習で5 kmのタイムを縮めようとします。 しかし、係数が悪いままスピードだけ上げても、フルマラソンでは後半の失速幅が大きくなるだけです。
重要なのは、「スピード」と「スピード持久力(スタミナ)」のバランスです。 スピード練習でエンジンの排気量を上げつつ、距離走で燃費とタンクの容量を増やす。この両輪が噛み合って初めて、持久係数は「1.06」に近づいていきます。
理想的な週間ルーティンの例(週2回のポイント練習)
スタミナとスピードをバランスよく鍛えるためには、メリハリのある週間スケジュールが効果的です。 「週2回のポイント練習(高強度)」を軸に、それ以外はゆっくりとしたジョグで繋ぐのが基本です。
【推奨週間スケジュール例】
- 月曜日
- ゆっくりしたジョグ(つなぎ・疲労抜き)
- 火曜日
- 【ポイント練習①】閾値走 または レースペース走
- LT値(乳酸性作業閾値)を刺激し、スピード持久力を養います。
- 【ポイント練習①】閾値走 または レースペース走
- 水曜日
- 中程度のジョグ(基礎持久力向上・フォーム確認)
- 木曜日
- ゆっくりしたジョグ または 休養
- 金曜日
- 【ポイント練習②】インターバルトレーニング
- 心肺機能を強化し、スピードの絶対値を上げます。
- 【ポイント練習②】インターバルトレーニング
- 土曜日
- 【セット練習】距離走 または LSD
- 金曜の疲労が残った状態で長く走り、長距離動き続けられる脚力と生理機能を養い、後半の粘りを養成します。
- 【セット練習】距離走 または LSD
- 日曜日
- 完全休養 または 軽いリカバリージョグ
具体的なスタミナ強化メニュー例
係数を改善するために特に重要なのが、週末に行う「距離への耐性」をつけるトレーニングです。
1. LSD(Long Slow Distance)
- 目的
- 毛細血管を増やし、脂肪をエネルギーに変える体質を作る。
- 内容
- 会話ができ、呼吸が乱れないゆっくりしたペース(キロ7分〜8分など)で、90分〜120分以上走り続けます。ペースよりも「時間をかけること」が重要です。
2. 30 km走(距離走)
- 目的
- 42 kmの着地衝撃に耐える脚を作り、グリコーゲン枯渇状態を体験する。
- 内容
- レースペースより遅くて構いません(例えばレースペース+30秒〜1分)。とにかく「30 kmという距離」を経験し、身体に覚え込ませることが、持久係数を劇的に改善します。
これらを地道に積み重ねることで、あなたの身体は「長い距離でもへこたれない仕様」へと進化します。 次回のレース前、この計算機のスライダーを自信を持って左(エリート側)に寄せられるよう、日々の練習に取り組んでみてください。
まとめ:マラソン予想タイム計算機で「自分だけの正解」を見つけ、レースペースを制しよう

今回の記事では、従来の計算機が市民ランナーに合わない理由と、それを補正するための新しいツール、そして具体的な活用法について解説しました。
最後に、フルマラソン攻略の鍵となるポイントを振り返ります。
- 「係数1.06」の呪縛を解く
- 一般的な計算式はエリート仕様です。多くの市民ランナーにとって、係数「1.15〜1.20」が現実的なラインであることを受け入れましょう。
- 「遅い」は「賢い」
- 計算機で出た「遅いタイム」は、あなたの能力不足を示すものではありません。それは、後半の失速を防ぎ、完走を確実にするための「戦略的なペース設定」です。
- 本番は柔軟に
- 計算結果をベースにしつつ、当日の気温や体調に合わせて目標を下方修正する勇気(松・竹・梅の法則)を持ちましょう。
マラソンは、スタートラインに立つまでの準備が8割です。 そしてその準備には、「脚を作るトレーニング」だけでなく、「自分の実力を客観的に把握する知性」も含まれます。
この「市民ランナー専用・予想タイム計算機」が、あなたの無謀な突っ込みを食い止め、30 km以降の地獄を回避する「お守り」になることを願っています。
さあ、自分だけの「適正ペース」を武器に、42.195 kmという長い旅路を、最後まで笑顔で駆け抜けましょう!