「箱根駅伝」や「ニューイヤー駅伝」はお正月の風物詩です。
選手たちの息づかいが聞こえるほどの緊張感の中で、時として起こるのが「襷(たすき)が手から滑り落ちる」という心臓が止まりそうになるアクシデントです。
テレビの前で思わず「あっ!」と声を上げ、「これって即失格になるの?」「誰か拾ってあげて!」と不安や焦りを感じたことのある視聴者も多いのではないでしょうか。
結論から申し上げます。駅伝において、襷を落としただけでは「即失格」にはなりません。これは日本陸上競技連盟が定める「駅伝競走規準」において明確に定義されています(JAAF 2024)。
しかし、ここで安心するのはまだ早いです。 実は、落とした後の「拾い方」や、その時の「立ち振る舞い」を一歩間違えると、その瞬間に一発で失格(チーム全体の記録抹消)となってしまう可能性が存在するのです。
本記事では、競技規則に基づいた正しいルールの解釈と、選手たちが背負うプレッシャーの正体について徹底解説します。
この記事を読むと分かること
- 襷を落とした際に「セーフ」な行動と「アウト(即失格)」な行動の境界線
- なぜ沿道の観客や審判が、落とした襷を拾って渡してはいけないのか
- 箱根駅伝などにおける「繰り上げスタート」や「中継所」の厳格なルール
この記事の対象読者
- 箱根駅伝や実業団駅伝をテレビ観戦している方
- レース中のアクシデントを見て、ルールの詳細が気になった方
- 部活動などで駅伝に参加する予定があり、正しいマナーを知りたいランナー
駅伝で襷(たすき)を落としても「即失格」ではない!正しい対処法とは
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テレビ中継を見ていると、中継所での受け渡しや走行中に、汗や接触が原因で襷がアスファルトの上に落ちてしまうシーンを目撃することがあります。心臓が止まるような瞬間ですが、結論から申し上げますと、襷を落としたという事実だけで「即失格」になることはありません。
これは日本陸上競技連盟(JAAF)が定める競技規則において、明確に許容されています。競技中に物品(襷を含む)を落とした場合、正しい手順で拾い上げればレースを続行することが可能です(JAAF 2024)。
しかし、ここで選手、そして私たち観客が理解しておかなければならないのは、「ただ拾えばいい」わけではないという点です。ルールの解釈を誤ると、チーム全員の努力が水の泡となる「失格」の判定が下される可能性があります。では、その境界線はどこにあるのでしょうか。
誰が拾うべきか?「係員や観客」が拾うと失格
最も注意が必要なルールは、「誰が襷を回収するか」という点です。 駅伝競走規準には、以下のような原則があります。
競技者が襷を落とした場合、その競技者自身が拾わなければならない。
もし、焦った選手を見かねて、沿道の観客やコース整理の係員、あるいは審判員が親切心で襷を拾い、選手に手渡してしまった場合、その瞬間に「失格」となります。
これは陸上競技規則における「助力(Assistance)」の禁止規定に抵触するためです(JAAF 2024)。陸上競技はあくまで競技者自身の力で完走することが求められるため、第三者からの物理的な手助けは、いかなる善意に基づくものであっても、競技の公平性を損なう重大な違反とみなされます。
現地で駅伝を観戦される際は、目の前で選手が襷を落としたとしても、絶対に手を出してはいけません。 「頑張れ!」「落ち着け!」と声援を送ることこそが、最大のサポートであり、唯一許された「助力」なのです。
落とした場所が重要!静止してから拾う際のマナーとルール
選手自身が拾う場合でも、守るべきマナーとルールが存在します。それは「後続ランナーの進路妨害にならないこと」です。
特に集団で走っている最中や、混雑する中継所(リレーゾーン)付近で襷を落とした場合、急に立ち止まったり、予期せぬ方向に動いて拾おうとしたりすると、後続のランナーと接触・転倒する「二次災害」を招く恐れがあります。
そのため、襷を落とした際の理想的な対処フローは以下の通りです。
- 安全確認
- まず周囲の状況を一瞬で把握し、後続ランナーの進路を塞いでいないか確認する。
- 減速・停止
- 慌てて走りながら拾おうとせず、確実に拾うために一度足を止める。
- 回収
- 選手自身の手で確実に襷を拾い上げる。
- 再開
- 襷を肩にかけ直し、レースに復帰する。
このように冷静に対処すれば、発生するペナルティは「立ち止まったことによるタイムロス(数秒〜十数秒)」のみで済みます。このタイムロス自体が痛手ではありますが、失格という最悪の事態と比較すれば、十分に挽回可能なミスと言えるでしょう。
【要注意】襷関連で「失格」または「ペナルティ」になるケース

駅伝において、襷(たすき)は単なる装飾品ではなく、バトンと同じ「リレー用具」であり、参加チームの魂です。そのため、その扱いに関しては日本陸上競技連盟(JAAF)によって厳格なルールが定められています。
「落とす」ことは過失(ミス)として許容されますが、意図的なルール違反や、決められたエリア外での受け渡しには、「失格」という最も重い処分が待っています。
フィニッシュ時や中継点での「襷投げ」は厳禁!
レースの興奮が最高潮に達する中継所やフィニッシュ地点。ここで絶対にやってはいけないのが、「襷を投げる」行為です。
1. 次の走者へ「投げて」渡す行為
あと1秒を削り出したいという焦りから、数メートル手前から次のランナーに向かって襷を放り投げる行為。これは明確なルール違反です。駅伝競走規準では、襷の受け渡しについて以下のように定めています。
襷は、手から手へ渡されなければならない。(中略)襷を投げることは認められない。
もし襷を投げて渡した場合、例え次の走者がそれをキャッチできたとしても、正規の受け渡しとは認められず、失格の対象となります(JAAF 2024)。
2. フィニッシュ時の「パフォーマンス」としての投げ
アンカーが歓喜のあまり、フィニッシュライン手前で襷を外し、ガッツポーズと共に空中に放り投げるシーンを稀に見かけます。しかし、これも審判長によって「スポーツマンシップに反する行為(品位を欠く行為)」と判断されれば、警告やペナルティの対象となり得ます。
「襷は神聖なもの」という日本の駅伝文化において、それを粗雑に扱うことはファンや関係者からの心証を悪くするだけでなく、ルール上も極めて危険な行為なのです。
中継所(リレーゾーン)の20 mルールとオーバーゾーン
もう一つ、駅伝で最も頻発する失格理由がオーバーゾーン等の「テイク・オーバー・ゾーン違反」です。
運命の「20メートル」
駅伝の中継所には、襷の受け渡しが許可された「中継線から進行方向へ20メートル」の区間(テイク・オーバー・ゾーン)が設けられています。 トラック競技の4 × 100 mリレーには「加速ゾーン(ブルーゾーン)」が存在しますが、駅伝には加速ゾーンはありません。必ずこの20 mの中で受け渡しを完了させる必要があります(JAAF 2024)。
失格になる具体的なケース
- オーバーゾーン
- 前走者が力を使い果たし、20 mラインを越えてから次走者に襷を渡してしまった場合。
- 手前での受け渡し
- 次走者が待ちきれずに飛び出し、中継線(スタートライン)より手前で襷を受け取ってしまった場合。
特に箱根駅伝のような大舞台では、選手のスピードが出ているため、一瞬のタイミングのズレが命取りになります。「襷が前走者の手から離れた瞬間」と「次走者の手に収まった瞬間」のすべてが、この20 m以内で完結していなければなりません。これが守られない場合、チームはその場で失格となります。
なぜ一流選手でも襷を落とすのか?身体・心理的要因とは

テレビ画面の向こうで選手が襷を落とした時、多くの人は「まさか」と思います。しかし、20 km以上を全力で疾走した直後のランナーの身体は、私たちの想像を絶するダメージを負っています。
特に冬場に行われる箱根駅伝や実業団駅伝においては、「低体温症(Hypothermia)」と「極度のプレッシャーによる筋硬直」が、指先のコントロール機能を奪う最大の要因となります。
真冬の「低体温症」と指先の感覚麻痺
例えば箱根駅伝、特に山下りの6区などは、氷点下に近い気温の中で、時速20 km以上のスピードで風を受け続けます。この時、ランナーの体内では生命維持のための防御反応が起きています。
人体は寒冷環境にさらされると、心臓や脳などの重要臓器の体温を保つため、手足の末梢血管を収縮させて血流を制限します(Cheung et al. 2003)。その結果、指先の温度は急激に低下し、神経伝達速度が遅くなります。
- 感覚の消失
- 指の感覚がなくなり、自分の手が襷を握っているのか、開いているのかが脳に正しくフィードバックされなくなります。
- 巧緻性(こうちせい)の低下
- 「掴む」「渡す」という細かい動作(巧緻性運動)が著しく困難になります。
選手たちは、「感覚のない棒のような手」で、必死に襷を操作しているのです。
脱水と疲労による握力の喪失
レース終盤には、発汗による脱水症状とエネルギー枯渇が進行しています。 体内の電解質バランスが崩れると、筋肉の痙攣や、脳からの指令通りに筋肉が動かない神経筋機能の低下を招きます(Maughan & Shirreffs 2010)。
「襷を強く握っているつもり」でも、実際には筋力が限界を迎えており、ふとした拍子(腕振りの遠心力など)に耐えられず、手から滑り落ちてしまうのです。
メンバーの想いが詰まった襷の重みとプレッシャー
身体的な要因に加え、無視できないのが心理的な要因です。駅伝の襷は、単なる布切れではなく、チーム全員の汗と努力、そして大学や企業の看板そのものです。
スポーツ心理学の観点からは、過度なプレッシャーは「チョーキング(Choking)」と呼ばれるパフォーマンス低下を引き起こします。 「絶対に落としてはいけない」と意識すればするほど、筋肉は過度に緊張(共収縮)し、スムーズな動作を妨げます。
- 予期不安
- 中継所が見えた瞬間、「渡し損ねたらどうしよう」という不安が脳をよぎる。
- 視覚情報の遮断
- 極度の疲労で視野が狭まり、距離感が掴めなくなる。
これらが複合的に絡み合い、襷を落とすというアクシデントは発生します。決して不注意や練習不足だけが原因ではないのです。
まとめ:駅伝で襷を落とした時のルールを知れば、観戦の深みが変わる

本記事では、箱根駅伝や実業団駅伝における「襷(たすき)」にまつわるルールと、アクシデントの裏側にある選手の身体的・心理的負担について解説してきました。
最後に、観戦時に絶対に押さえておきたい重要ポイントを振り返ります。
- 即失格ではない
- 襷を落としても、競技規則上は失格にはなりません。
- 自分で拾う鉄則
- 必ず競技者自身が拾わなければなりません。観客や係員が拾って渡すと「助力」となり即失格です。
- 投げ渡し厳禁
- 中継所やフィニッシュで襷を投げる行為は、失格またはペナルティの対象です。
- 静止して拾う
- 二次災害を防ぐため、周囲を確認し、一度立ち止まって確実に回収するのがプロの対処法です。
テレビの前で選手が転倒したり、襷を落としたりするシーンを目にすると、私たちはつい感情的になってしまいます。しかし、そこには厳格ながらも公平な陸上競技の精神が宿っています。
「駅伝で襷を落とす」というアクシデントは、選手の焦りを生みますが、ルール上は冷静に対処すれば失格にはなりません。私たち視聴者も正しい「駅伝のルールとペナルティ」を知ることで、選手たちの極限状態の判断をより深く応援することができるはずです。
選手たちが極寒の中で繋ぐ、その「一本の布」の重みを、ぜひ新しい視点で楽しんでください。
引用・参考文献
- Cheung SS, Montie DL, White MD & Behm D. 2003. Changes in manual dexterity following short-term hand and forearm immersion in 10 degrees C water. Aviation, Space, and Environmental Medicine 74(9): 990–993.
- Japan Association of Athletics Federations (JAAF). 2024. 駅伝競走規準(日本陸上競技連盟競技規則 第9部). Japan Association of Athletics Federations.
- Maughan RJ & Shirreffs SM. 2010. Dehydration and rehydration in competative sport. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports 20(s3): 40–47. doi: 10.1111/j.1600-0838.2010.01195.x